製造現場のムダや不良、納期遅れに悩んでいませんか?
「KPI(重要業績評価指標)」を正しく設定し、活用すれば、現場の課題が“数字”で見えるようになり、的確な改善につなげることができます。
しかし、多くの企業で「KPIが定着しない」「目標設定が形だけ」といった声が上がるのも事実。本記事では、製造業におけるKPIの基本から、現場で本当に機能する目標設定の方法、改善を続けるための仕組みづくりまでをやさしく解説します。
現場が自ら動き出す“成果が出るKPI”の考え方、今こそ見直してみませんか?
製造業におけるKPIとは?──「何を」「なぜ」測るのかをやさしく解説
製造業の現場では、毎日のように「もっとよく」「もっと早く」「もっと安く」を目指して、モノづくりが行われています。でも、「よく」「早く」「安く」とは具体的にどのくらいなのか、それがはっきりしていなければ、実際には何を改善すればいいのか分かりません。そんなときに使われるのが「KPI(重要業績評価指標)」という考え方です。
まず、「KPI」とは何かを分かりやすく説明しましょう。
KPIというのは「Key Performance Indicator」の略で、日本語では「重要業績評価指標」と言います。つまり、「会社や工場の目標を達成するために、途中でどれだけうまくやれているかを見るための数字」のことです。たとえば、テストの点数で勉強の成果を見るのと同じように、工場ではKPIという数字で仕事の成果を見ています。
KGIとKPIの違いを知ろう
KPIを理解するためには、よく一緒に登場する「KGI」という言葉も覚えておくと便利です。KGIは「Key Goal Indicator」の略で、「最終目標を示す数字」です。たとえば「1年で売上10億円を達成する」といった大きな目標がKGIになります。
でも、いきなり10億円の売上を達成しろと言われても、何から始めていいのか分かりませんよね。そこで、KGIを達成するために、たとえば「月ごとの出荷数」や「不良品の数」など、もっと身近で、日々の仕事でチェックできる数字をKPIとして設定するのです。つまり、KPIはKGIにたどり着くための「中間目標」のようなものです。
なぜ製造業ではKPIが特に重要なのか?
製造業では、KPIの導入がとても進んでいます。それには大きな理由が3つあります。
生産性を高めるため
工場では毎日たくさんの部品を組み立てたり、加工したりして製品を作っています。でも、その仕事が本当に効率よく行われているのかは、目で見ただけではわかりません。たとえば、1時間に100個作れるはずの製品が、実際には80個しかできていなかったとします。この「差」を見つけて改善するためには、「何個作ったか」という数字が必要です。これがKPIなのです。
生産性を高めるには、まず今の状態を数字で把握しなければなりません。どのラインが遅れているのか、どの作業がムダなのかを知るために、KPIはとても大切な道具になります。
原価を管理するため
製品を作るには材料費、人件費、電気代など、いろいろなお金がかかります。これを「原価」と言います。たとえば、100円で作った製品を200円で売れば、100円の利益になりますが、もし材料がムダになったり、不良品が出たりして原価が150円になってしまえば、利益はたったの50円になってしまいます。
このような問題を防ぐために、「どれくらいムダが出ているか」「不良品の割合はどれくらいか」といったKPIを使って、原価をコントロールするのです。
現場の見える化につながるから
製造現場は、外から見るととても複雑に見えるかもしれません。でもKPIを使えば、どこがうまくいっていて、どこが問題なのかが数字で「見える化」できます。たとえば、工場のあるラインだけ不良品が多いことがKPIで分かれば、そこに問題があると判断できます。
現場で働く人たちも、自分たちの仕事の結果がどのように数字に表れているのかを知ることができ、やる気や責任感が生まれます。
具体的なKPIの例
製造業ではたくさんのKPIが使われますが、ここでは特によく使われるものを2つだけ紹介します。
直行率(ちょっこうりつ)
これは、「手直しなしで一発で合格した製品の割合」です。たとえば、100個作ったうち90個が手直しなしで合格したなら、直行率は90%です。この数字が高いほど、品質の良い製品が効率よく作れていることになります。
総合設備効率(OEE)
これは設備の使い方がどれだけうまくいっているかを見る指標です。稼働時間、スピード、製品の品質の3つの視点から見て、どのくらいムダなく設備が使われているかを判断します。数字が高いほど、生産効率が良いということになります。
KPIは製造業の「成績表」
KPIは、いわば製造業の「成績表」のようなものです。日々の仕事がうまくいっているのか、どこを改善すべきなのかが、この成績表を見れば分かります。ただし、この成績表を意味あるものにするには、いくつかの注意点があります。それは、次のセクションで詳しく解説します。
製造業におけるKPIの正しい設定方法──SMARTの法則で迷わない目標設計
前回のセクションでは、KPIが「製造業の成績表」のようなものだと説明しました。しかし、成績表に何でもかんでも書いても意味がありませんよね。たとえば「がんばった度」とか「機嫌のよさ」といった曖昧な評価では、改善のしようがありません。KPIの効果を最大限に引き出すためには、「正しく、役立つ」目標を立てることが何よりも大切です。
このときに使える便利な考え方が、「SMARTの法則」です。これは、良いKPIをつくるための5つの条件を表しています。では、1つずつ分かりやすく説明していきましょう。
Specific(具体的である)
まずKPIは「具体的」でなければなりません。「もっとがんばろう」や「効率を上げよう」といった言葉では、人によって解釈がバラバラになってしまいます。たとえば、「不良率を下げる」ではなく、「今月の不良率を3%未満にする」といった具合に、誰が見ても同じ意味になるように設定しましょう。
現場で共有するKPIは、どんな人でも分かるようにする必要があります。数字や単位を明記すると、より具体性が増します。「何を、どのくらい、いつまでに」という形を意識すると、自然と具体的になります。
Measurable(測定可能である)
KPIは数値で測れなければ意味がありません。たとえば「職場の雰囲気を良くする」といった目標は、やる気があっても評価が難しいですよね。代わりに、「月に1回、職場アンケートを実施し、満足度が80点以上になるようにする」といった形にすれば、数字で追うことができます。
製造業においては、不良率、稼働率、納期遵守率、作業時間など、数値で追えるデータが多くあります。こうしたデータを使ってKPIを設定すれば、進捗を定期的に確認し、改善が必要な箇所をすぐに見つけられるようになります。
Achievable(達成可能である)
KPIは「がんばれば届く」レベルに設定しなければなりません。あまりにも高すぎる目標は、かえって現場のやる気を下げてしまいます。たとえば、今の直行率が60%の工場で、「来月には100%にしよう」と言われたら、きっと「無理だ」と感じてしまうでしょう。
もちろん低すぎる目標もNGです。「余裕で達成できる」目標は、逆に努力の意味をなくしてしまいます。ポイントは、少しがんばれば達成できる、現実的でストレッチの効いた目標を設定することです。
Relevant(経営目標と関係がある)
KPIは「意味のある」目標である必要があります。つまり、それを達成することで会社の全体目標(KGI)に近づくことができなければなりません。たとえば、工場の目標が「コスト削減」なのに、「見学者の対応回数」をKPIにしても意味がないですよね。
製造現場で言えば、「労働生産性」「直行率」「稼働率」「原価率」などは、コストや品質に直結するため、会社のKGIに深く関係しています。このように、自分のKPIが「最終的なゴールとつながっているかどうか」を考えることが大切です。
Time-bound(期限が明確である)
最後に、KPIには必ず「期限」をつけましょう。いつまでに達成するかが決まっていないと、人はなかなか本気になれません。たとえば「いつか不良率を下げる」ではなく、「3か月以内に不良率を5%以下にする」と期限を明確にすることが重要です。
期限があれば、今どのくらい進んでいるかを評価でき、途中で対策を見直すこともできます。KPIを運用するときには、「毎月見直す」「週ごとに数値を確認する」といったルールもセットで決めておくと、管理しやすくなります。
SMARTの法則を使ってKPIを設計してみよう
ここで、実際に1つKPIをSMARTの法則で作ってみましょう。
目標例:工場の不良品を減らしたい
- 具体的(S): 月の不良品率を3%未満にする
- 測定可能(M): 不良品数 ÷ 総生産数で計測
- 達成可能(A): 現状が5%なので、改善可能なレベル
- 関連性(R): 品質向上は経営目標であるコスト削減に直結
- 期限(T): 3ヶ月以内に達成
このように1つの目標でも、5つの条件をクリアしているかチェックすることで、より実行可能で意味のあるKPIになります。
結論:KPIは“作って終わり”ではない
KPIをうまく使うためには、作ることより「運用」が重要です。せっかく良い目標を立てても、それを放置していては意味がありません。定期的に振り返りを行い、必要があれば目標の見直しや、改善のためのアクションを加えていくことが必要です。
KPIは、現場の声を取り入れて「自分ごと」として設定することで、初めて効果が出ます。管理職が勝手に決めた数字ではなく、現場と一緒に考えたKPIは、チーム全体の目標意識やモチベーションにもつながります。
次のセクションでは、製造業でよく使われるKPIの具体例(直行率、OEE、工程能力指数など)を取り上げ、それぞれの意味や使い方、計算方法を詳しく解説します。
製造業で使われるKPIの具体例──直行率、OEE、工程能力指数を徹底解説
製造業の現場では、さまざまなKPI(重要業績評価指標)が使われています。どのKPIを重視するかは工場や工程によって違いますが、共通して重要とされているのが「直行率」「総合設備効率(OEE)」「工程能力指数(Cp、Cpk)」の3つです。これらは、製品の品質、生産の効率、工程の安定性を数字で見える化できるため、製造の“健康状態”を把握するうえで欠かせません。
ここでは、これらのKPIを中学生でもわかるように、具体例を交えてわかりやすく解説していきます。
1. 直行率(First Pass Yield)
まず紹介するのは「直行率(ちょっこうりつ)」です。直行率とは、製品が一度も修理・手直しされることなく、そのまま検査に合格した割合のことを言います。
例えば、100個の製品を作って、そのうち95個がOKになったとしましょう。そのうち、50個は検査で手直しが必要だったけど、修理して合格になったという場合、直行率はどうなるでしょうか?
答えはこうなります。
- 良品数:95個
- 手直しした数:50個
- 手直しなしで合格した数:95 – 50 = 45個
したがって、
- 直行率 = 45 ÷ 100 = 0.45(= 45%)
一方で、「良品率」は95%なので、一見よく見えるかもしれません。でも、直行率はたったの45%。これはつまり、半分以上の製品が一度は修理や再検査をされているということです。
直行率は、ムダな作業をしていないかどうかを見るための重要なKPIです。手直しは時間もコストもかかるため、直行率を上げることが品質の安定だけでなく、コスト削減にも直結します。
2. 総合設備効率(OEE:Overall Equipment Effectiveness)
次に紹介するのは「総合設備効率(OEE)」です。これは、その工場の機械や設備がどれだけ効率よく使われているかを1つの数字で表すものです。
OEEは、以下の3つの要素を掛け合わせて計算します。
- 可動率(設備がどれくらい止まらずに動いていたか)
- 性能稼働率(予定通りのスピードで動いていたか)
- 良品率(作った製品がどれだけ良品だったか)
それぞれの意味を具体例で見ていきましょう。
可動率
ある1日の勤務時間が8時間(480分)だとします。そのうち、機械が実際に動いていたのは6時間(360分)だったとすると、
- 可動率 = 360 ÷ 480 = 0.75(= 75%)
性能稼働率
1個の製品を作る理想の時間が3分だったとします。この日に作った数は100個なので、本来なら300分で作れるはずです。でも、実際には360分かかってしまったとしたら、
- 性能稼働率 = 300 ÷ 360 = 0.833(= 83.3%)
良品率
100個中、良品が95個だった場合、
- 良品率 = 95 ÷ 100 = 0.95(= 95%)
総合設備効率(OEE)の計算
上の数値をすべて掛け合わせると、
- OEE = 0.75 × 0.833 × 0.95 = 約0.593(= 59.3%)
このOEEがもし目標(例えば80%)を大きく下回っているなら、「機械の停止時間が多い」「スピードが遅い」「不良が多い」など、どこかに問題があるというサインです。
OEEは、「どこにロス(ムダ)があるのか」を一目で示してくれるKPIであり、改善活動の出発点になります。
3. 工程能力指数(Cp・Cpk)
最後は、品質の安定性を評価する指標である「工程能力指数」について解説します。ちょっと難しそうな名前ですが、やっていることは「製品がバラつきなく安定して作られているかどうか」を数字で見ることです。
製品には「このサイズで作ってね」という基準があります。たとえば「直径10.0mm ± 0.5mm」という指定があった場合、9.5~10.5mmの間ならOKということです。
この中で、実際に作られた製品のサイズがどれだけその基準に収まっているかを、CpやCpkという指標で評価します。
- Cpは「理論上の能力」。バラつきがどれだけ少ないかを測ります。
- Cpkは「実際の能力」。作られた製品が平均値からずれていないかも考慮します。
たとえばCpが2.0なら、「バラつきは少なく、とても安定して作られている」と言えます。Cpkが1.0未満なら「中心からずれていて不安定」と判断されます。
品質トラブルを未然に防ぐには、Cpkが1.33以上であることが一般的に求められています。
まとめ:KPIは「現場の体温計」
ここまで、製造業でよく使われる3つのKPIを見てきました。これらを一言でまとめると、KPIは「現場の体温計」です。工場が元気なのか、熱が出ているのか、冷えすぎているのか。数字を通じて現場の状態を見える化することで、何が問題かを発見し、早く改善に動けるようになります。
「なんとなく忙しい」「たくさん作っている気がする」ではなく、数値で確認して、根拠を持って改善を行う。それが、KPIを導入する本当の目的です。
次のセクションでは、「KPIを製造現場にどう活用するか」「どう改善サイクル(PDCA)を回していくか」について、具体的な事例とともに解説します。
製造業におけるKPIの活用法──PDCAと現場改善のリアルな進め方
これまでのセクションで、「KPIとは何か」「どう設定するのか」「どんな指標があるのか」を学んできました。しかし、KPIは設定するだけでは意味がありません。大切なのは、それを実際の現場でどう活かしていくかということです。
ここでは、KPIを使って「現場を改善していくプロセス」を、よく知られるPDCAサイクル(計画→実行→評価→改善)に沿って解説します。実際にKPIを導入して、どうやって成果につなげていくのか。その流れと考え方を、中学生にもわかるようにていねいに説明していきます。
なぜ「活用」が重要なのか?
KPIは「数字で現場の状況を見える化」する道具です。でも、その数字をただ眺めて「よし、悪いね」で終わってしまっては、何の意味もありません。たとえば体温計で熱を測ったときに、38.5度だったとして、「ふーん」と言って放置する人はいませんよね?薬を飲んだり、病院に行ったりと、何らかの対応をとるはずです。
KPIもこれと同じです。数字の変化を見て、「じゃあ何を変えるべきか」「次にどうするか」を考えて実行すること。これがKPIの真の活用です。
KPI活用の基本:PDCAサイクル
PDCAとは、「Plan(計画)→ Do(実行)→ Check(評価)→ Act(改善)」という4つのステップを繰り返しながら、業務の質を高めていく方法です。製造業では、KPIの運用にこのPDCAがとてもよく使われています。
① Plan(計画)
まず最初に行うのは、KPIの設定と目標値の決定です。ここで「SMARTの法則」が役立ちます。例えば、「来月末までに不良率を5%から3%に下げる」といった具体的な目標を決めます。
さらに、目標達成のためにどんな施策を打つかもこの段階で決めておきましょう。たとえば、「設備点検の頻度を週1から週2に増やす」「検査工程をマニュアル通りに見直す」といったアクションです。
② Do(実行)
次は、計画で決めたアクションを現場で実行する段階です。ここで大切なのは、「計画通りに実行できているか」をしっかり記録に残すことです。途中で問題があっても構いません。むしろ、現場からのフィードバックをしっかり集めることが後の改善につながります。
たとえば、検査工程の変更が現場でうまくいかなかったとしたら、「なぜうまくいかなかったのか」を現場の作業者に聞いてみましょう。KPI運用の成功には、現場の声がとても大事なのです。
③ Check(評価)
Doの段階で実行した施策が、実際に効果を発揮したのかどうかを数字で確認します。つまり、「KPIの値がどう変わったのか」をチェックする段階です。
不良率の目標が「3%以下」だったのに、実際には「4.5%」だったとしたら、それは「未達」です。なぜ未達だったのか、原因を探ります。
ここでは、「数字の裏にある理由」をしっかり分析することが大切です。KPIの数字だけを見て評価するのではなく、「この数字が出た背景に何があるのか」を掘り下げましょう。
④ Act(改善)
原因分析の結果をもとにして、次のアクションを考えるのがActの段階です。「点検頻度を増やしても効果がなかったなら、作業マニュアル自体を見直すべきでは?」など、問題の本質に切り込んでいきます。
そしてまた、次の「Plan」へと戻っていきます。このサイクルをくり返すこと(継続的改善)が、KPIを活用して成果を出すための鍵となります。
実際の製造現場での活用例
【事例①:不良率を下げたい金属加工工場】
この工場では、不良率が6.2%と高く、月の材料ロスが数十万円に及んでいました。KPIとして「直行率」「不良率」「再加工率」を設定。
- Plan:機械の工具摩耗が原因と考え、定期交換サイクルを導入。
- Do:オペレーターにチェックリストを配布し、毎日確認。
- Check:不良率が4.5%に低下。
- Act:再加工品の比率が高いことが判明し、次は検査工程を見直すことに。
結果的に、半年後には不良率が2.8%にまで改善されました。
【事例②:納期遵守率を高めたい部品メーカー】
受注に対して納期が守れず、顧客からのクレームが続いていた企業では、「納期遵守率」「設備稼働率」「仕掛在庫日数」をKPIに設定。
- Plan:生産スケジューラの導入を計画。
- Do:AIスケジューラで工程の最適化を実行。
- Check:納期遵守率が68%→82%にアップ。
- Act:一部工程の滞留が原因と判明し、人員配置を再調整。
ここでもKPIをもとに現場の課題を数字で把握できたことで、迅速な対策が可能になりました。
KPIは現場の改善文化を育てる
KPIの真の価値は、ただ数字を見て評価することではありません。現場の人たちが、数字をもとに「自分たちで考え、動き、改善する」文化を育てることにあります。
上から押し付けられたKPIではなく、現場が納得し、共感できるKPIを設定し、日々の改善に活かしていく。その積み重ねが、やがて工場全体の生産性や品質、コスト競争力に大きな差を生み出すのです。
次のセクションでは、KPI設定の落とし穴と運用で失敗しないための注意点について、実際のトラブル事例も交えながら詳しく解説します。
KPI設定でよくある失敗とは?──製造業における落とし穴と運用時の注意点
これまで、KPIの設定方法や活用の流れについて解説してきましたが、実際の現場では「思ったように成果が出ない」「KPIが形だけのものになっている」といった声もよく聞かれます。なぜ、うまくいかないのでしょうか?
このセクションでは、製造業の現場でよくある「KPI設定・運用の落とし穴」について、具体的な例を挙げながら詳しく解説します。そして、どうすればそれを避けて、KPIを本当に意味のあるものにできるのかを考えていきましょう。
よくある落とし穴①:KPIが「目的」になってしまう
KPIはあくまでも「業績目標に向かうための道しるべ」であり、「最終目的」ではありません。しかし、実際の現場では「この数字さえ達成すればいい」といった誤解が生まれがちです。
たとえば、「直行率を90%以上にする」というKPIを設定した場合、本来の目的は「ムダな修正を減らして生産効率を上げる」ことなのに、現場では「数字合わせ」が目的化してしまうケースがあります。製品の修正記録をあえて残さなかったり、検査基準を甘くして見かけ上の数字だけを良くするなど、不正確な運用が起きてしまうのです。
解決策:
- KPIを導入するときは、「なぜこのKPIを追いかけるのか」という背景や目的もセットで共有する。
- KPIを「評価」ではなく「改善の材料」として活用する文化を育てる。
よくある落とし穴②:KPIが多すぎて現場が混乱
KPIは大事な指標ですが、何でもかんでも数字で管理しようとすると、現場が混乱してしまいます。1つの工程に対して5〜6種類ものKPIが課されていると、現場では「結局何を優先すればいいのか」が分からなくなります。
特に中小製造業では、KPIを増やせば増やすほど管理コストが増え、本来の業務効率がかえって下がってしまうこともあります。
解決策:
- KPIは「5つ以内」に絞るのが理想。
- 最もインパクトのある数値に集中する。
- 定期的にKPIを見直し、「今の現場に本当に必要なKPIか?」を再評価する。
よくある落とし穴③:現場がKPIに関与していない
KPIを上から一方的に与えるだけでは、現場は「やらされている」と感じ、主体的に取り組む意識が育ちません。特に、目標値が現実離れしていると、「どうせ無理だから形だけ守ろう」となってしまいます。
たとえば、工場のリーダーが「現状のOEE(総合設備効率)は50%なのに、来月から80%を目指せ」と言われたら、どう思うでしょうか? 目標が高すぎると、達成のための工夫ではなく、諦めや隠ぺい行動につながりかねません。
解決策:
- KPIの設計時に、必ず現場メンバーを巻き込む。
- 「現場が納得できる目標」「自分ごととして考えられる数字」を設定する。
- 意見を取り入れたことで責任感も生まれ、行動も変わる。
よくある落とし穴④:KPIが“測れない”ものになっている
KPIは数字で評価できる指標であるべきですが、よくあるのが「曖昧なKPI」を設定してしまうケースです。たとえば、「品質意識を高める」「安全に配慮する」などの指標は、意図は素晴らしくても数字として測れないため、評価や改善が困難です。
解決策:
- 具体的で数値化できる項目に分解する。
- たとえば「品質意識を高める」なら、「ヒヤリハット報告件数」「作業ミスの件数」などに変換する。
よくある落とし穴⑤:KPIが“やりっぱなし”になる
KPIを設定しても、定期的な評価や改善の機会がなければ、やがて形骸化してしまいます。「3か月前にKPIを決めたけど、今どうなっているか誰も知らない」という状態は、決して珍しくありません。
特に製造業のように現場が忙しい業態では、「振り返りの時間が取れない」「報告が後回しになる」こともよくあります。
解決策:
- KPIの進捗を確認する定例会議(週1・月1など)を必ず設ける。
- 数値をグラフやチャートで視覚化し、だれでも進捗を把握できる状態をつくる。
- 改善点や次の行動案も、その場で議論・共有する。
現場を守るKPI運用のコツ
製造業におけるKPIの最大の目的は、「ムリ・ムダ・ムラ」の削減と生産性向上です。しかし、KPIの設定や運用を間違えると、逆に現場の混乱や疲弊を招くことにもなりかねません。
以下は、現場を守りながらKPIを正しく活用するためのコツです。
- 「目的」を忘れない:KPIはあくまで“業績目標に向かう道具”である
- 「現場主導」で考える:KPIは上からの命令ではなく、現場の声を反映するべき
- 「PDCAを回す」:設定・実行・評価・改善の流れを地道に繰り返す
- 「適切な数に絞る」:全部を追いかけるのではなく、重要な数値に集中する
- 「測れる形」にする:あいまいな目標は“数字”に置き換える
まとめ:KPIは「人」を動かす指標であるべき
KPIは単なる数字ではなく、「人を動かすための道しるべ」です。正しく設計されたKPIは、現場に責任感とやる気を与え、改善を自発的に進める力を育ててくれます。しかし、間違ったKPIは、形だけの数字合わせや現場の負担を増やす原因になってしまいます。
だからこそ、KPIは“数字の管理”ではなく、“現場の支援”として考えることが大切です。
次回のセクションでは、KPIを成功に導くツール・システムの活用方法や、AI・IoTなど最新技術と連携した事例について解説します。
KPI運用を支えるツールとAI・IoTの活用──製造業のDXがもたらす進化
ここまでのセクションで、製造業におけるKPIの設定から活用、注意点までを学んできました。では、実際にKPIを「継続的に」「正確に」「効率よく」運用するためにはどうすればよいのでしょうか?
現代の製造現場では、KPIをただ手作業で集計・管理するのではなく、システムやデジタルツールを活用することが主流になっています。さらには、AIやIoT(モノのインターネット)といった技術を取り入れることで、KPIの精度やスピードが飛躍的に向上しています。
このセクションでは、KPIを支えるツールの種類や、最新技術との連携事例をわかりやすく紹介していきます。
なぜKPIには「ツールの導入」が欠かせないのか?
KPIは数値で現場を見える化するものですが、その数値を毎日手作業で計算したり、Excelで集計したりしていると、時間も手間もかかってしまいます。特に以下のような問題がよく発生します。
- 毎日の集計が面倒で記録が抜ける
- 複数拠点のデータがバラバラで統一できない
- 数値の信頼性が低く、議論の根拠があいまいになる
こうした「運用の負担」を解決するのが、KPI管理ツールや生産管理システムの導入です。
製造業で使われるKPI関連ツールの例
1. 生産管理システム(MES)
MES(Manufacturing Execution System)とは、製造現場の「今何が起きているか」をリアルタイムで把握できるシステムです。たとえば、生産量、不良率、設備の稼働状況などが自動で記録され、KPIとして即座に集計されます。
メリットは、現場のデータが「リアルタイム」で「自動的に」集まる点です。人の手で記録するよりもミスが少なく、数字の信頼性が高まります。
2. BIツール(データ可視化ツール)
BI(Business Intelligence)ツールとは、いろいろなデータをグラフやダッシュボードにして、視覚的に表示するためのツールです。
代表的なツールとしては、「Tableau(タブロー)」「Power BI(パワー・ビーアイ)」「MotionBoard(モーションボード)」などがあります。
たとえば、「OEEの推移」や「不良率の工程別内訳」などをグラフ化し、KPIの変化が一目で分かるようになります。現場リーダーや経営者が意思決定しやすくなるのも特徴です。
3. AIスケジューラ・最適化ツール
KPIの達成に必要な「生産計画の改善」を支援してくれるのがAIスケジューラです。たとえば「最適ワークス」のようなツールは、AIが納期や稼働率を考慮して自動でスケジュールを立案し、KPI(納期遵守率や設備稼働率)を最大化するための計画を提示してくれます。
クラウド型で導入しやすく、特別な知識がなくても直感的に操作できる点も中小企業にとって魅力です。
IoTによるデータ取得の自動化
IoT(Internet of Things)は、機械やセンサーがインターネットを通じてつながり、リアルタイムで情報を送ってくれる仕組みです。
たとえば以下のような使い方ができます。
- 稼働時間の自動取得:機械がいつ動いて、いつ止まったかをセンサーで感知し、自動で記録。
- 不良品カウント:検査装置に連動して、不良品数をリアルタイムで計測。
- 温度・湿度管理:環境データを自動取得し、品質トラブルの兆候をKPIに反映。
これにより、人が紙に書いたり、PCに手入力したりしなくても、自動でKPIに必要な情報が集まり、正確に管理できるようになります。
AIの活用で「改善のヒント」までわかる時代に
AI(人工知能)は、KPIの集計だけでなく、その数字が「なぜ変化したのか」「次に何をすべきか」まで提案してくれるようになっています。
たとえば、ある部品の不良率が突然上がった場合、AIが以下のような分析をしてくれます。
- 工程ごとの作業時間の変化を確認
- オペレーターの交代履歴を照合
- 気温や湿度などの外部データと照らし合わせ
そのうえで、「特定の時間帯に不良が集中している」「担当者Aのときに発生率が高い」などのパターンを見つけ、改善アクションを提案するのです。
このようにAIを使えば、現場の知見とデータを結びつけて、より「根拠ある改善」が可能になります。
実際の導入事例
事例①:IoT × KPIでライン停止の原因を即把握
ある中堅部品メーカーでは、ライン停止の原因を把握できず、設備稼働率が70%前後で停滞していました。そこでIoTセンサーを導入し、設備の稼働ログを自動収集。BIツールと連携してKPIを可視化した結果、頻繁に停止する時間帯と設備の種類が特定でき、メンテナンスサイクルを見直すことで稼働率が85%に改善しました。
事例②:AIスケジューラで納期遵守率を20%以上アップ
金属加工業のA社では、納期遅れによるクレームが頻発していました。従来はExcelで生産計画を組んでいましたが、AIスケジューラを導入して「納期遵守率」をKPIに設定。すると、最短で納品可能なスケジュールをAIが提案し、納期遵守率が68%から89%に改善。現場の残業時間も減少し、従業員満足度も向上しました。
まとめ:KPIは「人の努力 × テクノロジー」で本領を発揮する
KPIは人が考えて行動するための大切な「道しるべ」です。しかし、それを支えるツールや仕組みがなければ、正確な判断も継続的な改善も難しくなります。
AIやIoT、MESやBIツールなどの活用は、KPIを「測る」だけでなく、「活かす」ために欠かせない存在です。こうした技術の導入は、単なるデジタル化ではなく、現場の知恵と数字を結びつけて、より良いモノづくりを実現する力になります。
次回の最終セクションでは、KPIを現場文化として定着させる方法と、持続的改善を実現するためのポイントについてまとめます。
KPIを“現場文化”として根付かせるには──持続的改善の鍵と組織づくりのヒント
KPIとはただの数字ではありません。これまでのセクションで紹介してきたように、KPIは現場の状態を見える化し、改善のヒントを与えてくれる“道しるべ”です。しかし、どれほど良いKPIを設定しても、それが社内で形だけになってしまっては意味がありません。
この最終セクションでは、KPIを“仕組み”ではなく“文化”として現場に根付かせるためのポイントを解説します。「継続的改善(カイゼン)」を組織全体で実践していくために必要な考え方や工夫を、中学生にもわかる言葉で丁寧にお伝えします。
なぜ「文化」にする必要があるのか?
KPIを形だけで運用していると、最初はがんばっていても、やがて「やらされている感」が強くなり、現場は数字だけを追うようになります。やがて「面倒くさい」「形だけやっておけばいい」という空気が生まれ、数字はあっても実際の改善にはつながらなくなってしまいます。
だからこそ重要なのが、KPIを「やらなきゃいけない仕組み」ではなく、「自分たちが自然に使っている習慣・考え方=文化」に変えていくことです。そうすることで、現場全体が「どうすれば良くできるか」を自ら考え、動けるチームになります。
KPIを文化として定着させるための5つのポイント
1. 「目的」を常に共有する
KPIは単なる数字ではなく、企業や現場が「何を目指しているか」を数字で表したものです。だからこそ、現場の一人ひとりが「なぜこのKPIを追っているのか」「この数字が何に役立つのか」を理解していないと、行動は変わりません。
朝礼や定例ミーティングなどで、KPIの目的を短くでも毎回共有することで、チーム全体が「方向性」をそろえて進めるようになります。
例:
「直行率を高める理由は、不良による再作業を減らして、ムダなコストと時間を削減し、お客様への納期を守るためです」
2. 「現場で使う」習慣をつくる
KPIはオフィスでグラフを見て終わりではなく、現場で日々の改善活動の中で活用することが大切です。たとえば、ラインごとのホワイトボードにKPIを掲示して、担当者がその場で進捗を記入することで、現場で意識する習慣がつきます。
手書きの進捗表でも、デジタル掲示板でも構いません。重要なのは、「数値がすぐに目に入ること」「現場で話題にされること」です。
3. 「成功体験」を積み上げる
数字が改善されたときには、必ずそのことを現場全体で喜びましょう。たとえば、「OEEが60%→75%に改善した」といった成果が出たときには、「誰のどんな行動が貢献したか」を全体で共有し、拍手でたたえることも大切です。
こうした小さな成功の積み重ねが、「KPIって意味あるんだ」「自分たちの改善が会社の力になるんだ」という自信とモチベーションを育てます。
4. 「責めるための数字」にしない
KPIの運用が失敗する最大の原因は、「未達成を責める」使い方です。たとえば「今月は不良率が高い、担当者は何をしていたんだ!」という叱責が続くと、現場はKPIから逃げるようになります。
大事なのは、「数字から学ぶ」姿勢です。たとえ未達成でも、「なぜそうなったのか」「どうすればよくなるか」をみんなで考え、次に活かす文化が必要です。数字は責めるためではなく、“問い直し”と“気づき”の材料と考えましょう。
5. 「PDCAを回し続ける」仕組みを持つ
KPIは、毎月や毎週チェックして、改善案を考えて実行し、また見直すというPDCAサイクルの中で活きてきます。
これを現場レベルで回せるようにするには、以下のような仕組みが有効です。
- KPI振り返りミーティングの定例化(月1や週1)
- 簡単な進捗グラフの掲示(前月比や前年同月比など)
- KPI改善活動の担当者を持ち回りで任命(誰かが主導する仕組み)
このように、KPIと改善活動がセットで回っていくと、それが自然に現場の「文化」となって根づいていきます。
製造業に必要な“現場力”とは?
日本の製造業が長年世界のトップを走ってこられた理由の1つに、「現場力」があります。これは、現場の社員一人ひとりが「どうすればもっとよくできるか」を自分で考え、試して、改善していく力のことです。
KPIは、この「現場力」をさらに強くするための道具です。数字があれば、言い訳を超えて、事実をもとに話し合いができるようになります。そして、成功も失敗も“見える”からこそ、改善のスピードが上がります。
KPIとは、「目標を現実に変える力」。それは、現場の社員一人ひとりが持つ力を引き出す、共通の言語なのです。
まとめ:KPIは「数字」ではなく「信頼と自立のしくみ」
最後に、この記事で紹介してきたKPIの本質を一言でまとめると、
KPIとは、“数字”を通じて組織全体をつなぎ、改善の意思を共有するためのしくみ
です。
優れた製造現場には、必ず“見える”目標があります。そして、見えるからこそ、チームで一緒に考え、動けるようになります。それを可能にするのが、KPIというしくみであり、文化なのです。
これからKPIの導入・見直しを考える方は、今回の記事を参考にしながら、「数字を追うこと」ではなく、「数字を通して現場と未来を変えること」に挑戦してみてください。