日々の業務のなかでは、競合との差別化やコスト競争をどう回避するか、さらにはニッチ市場での収益化戦略など、さまざまな「ポジショニング戦略」に関する相談を受けています。
企業の競争力を左右する要因は数多くありますが、とりわけ「自社が市場の中でどのような位置(ポジション)をとるのか」を明確化することは、事業拡大だけでなく、長期的な安定やブランド力強化にも大きく寄与します。
ここから先は、具体的に「製造業ポジショニング戦略」をテーマとして、分かりやすくかつ詳細に掘り下げながら、4つのセクションに分けて解説いたします。
製造業ポジショニング戦略の基本概念と重要性
ポジショニング戦略とは何か
製造業における「ポジショニング戦略」とは、自社の製品やサービスを“市場の中でどの位置に置き、どう差別化するか”を定めるための考え方です。たとえば、同じ部品を作っている会社が複数存在するとき、「価格を安くする」「品質を徹底的に高める」「ニッチな特殊用途に特化する」など、どこに強みを置いて競合他社と差別化をするかを明確にすることが大切になります。
- なぜ“ポジション”が重要なのか
- 市場の中で「自社はここに強みがある」という位置を固めておくと、顧客が「○○ならあの会社」と認識しやすくなります。
- 価格競争に巻き込まれにくくなるため、中長期的に安定した取引・利益を得る土台づくりにつながります。
- 特定の技術や品質など「武器」を尖らせることで、新たな技術協力やイノベーションが生まれやすくなります。
日本の製造業における課題
日本はかつて家電分野(テレビ・オーディオなど)と自動車分野の両輪で世界をリードしてきました。しかし、家電分野では 韓国・台湾・中国など後発メーカー にコスト競争力で追い上げられ、シェアを奪われるケースが増えたため、国内家電メーカーは次々に業績を落としていきました。一方で、自動車分野は今なお欧米や日本の先発メーカーが主導的な地位を保っており、ここに大きな対照的差が見られます。
- 家電メーカーの例
- 液晶テレビやスマートフォンのように、技術の固定化(モジュール化) が比較的早く訪れた商品は、後発メーカーが「製造装置や部材を外部から調達→大規模投資→効率的な生産」という形で一気に追い上げました。
- 結果として、「先に液晶を開発したが、価格競争で後発に負ける」という構図が起こりやすくなりました。
- 自動車メーカーの例
- ハイブリッド技術や安全性能、環境対応などの要求が次々に増え、新たな価値を長期間生み出せる(イノベーションが“ロングテール化”する)特性があります。
- 後発メーカーがいきなり大規模投資をしても、擦り合わせ型の技術(部品同士を最適に組み合わせる技術)や熟練ノウハウの面で参入障壁が高く、モジュール化しきれない領域が多いと考えられます。
- こうした要因から、先発者優位が維持されやすい という特徴があります。
「後発者優位」と「先発者優位」の違い
上記の事例を通して見ると、同じ“製造業”でも分野や製品特性によって「後発の追い上げを受ける分野」と「先発が強い分野」に分かれることがわかります。後発優位が生まれやすい条件として、以下のような要素が挙げられます。
- 市場規模が大きい:投資を回収しやすく、後発メーカーが積極的に参入してくるインセンティブが大きい。
- 製品がモジュール化・コモディティ化しやすい:製造装置や材料が標準化され、設備メーカーから技術をまとめて購入できるようになると、後発企業も簡単に同等品を作れる。
- 為替や労働コストなどの優位性:海外新興国が低コストで大量生産できれば、先発企業より安い価格帯で世界中に製品を提供しやすい。
一方で、先発優位が維持されやすい条件としては、以下のような点が挙げられます。
- 技術革新が長く続く(イノベーションの継続性が高い):製品や技術における新しい改良・改造がいつまでも必要とされ、すぐに真似されにくい。
- 市場規模が小さめ・ニッチ領域:そもそも後発企業が参入しても十分なリターンが得られず、大規模投資を行う動機が小さい。
製造業のポジショニング戦略は、「競争相手が少ないポジションを狙う」「後発参入されにくい特徴を持った市場に注力する」などが大切なカギとなります。自動車と家電の対照例 は、そのまま日本の製造業にとって貴重な教訓です。特に中小企業や新しく事業を立ち上げるスタートアップにとっては、「どんな市場なら長く勝負できるか」を見極める際に、ポジショニング戦略が欠かせないでしょう。
後発者優位と先発者優位を分ける条件
ここでは、より具体的に「後発者優位」と「先発者優位」を分ける条件を整理します。
後発者優位のメカニズム
大きな市場規模がある
大きな市場規模(=たくさんの人が買う可能性があり、製品が広く普及する可能性が高い)ほど、後発企業としても「頑張って参入すれば、大きなリターンを得られる」ため、参入意欲が高まります。
- 例:液晶パネル、スマートフォン
- 当初、日本や米国が先行して技術開発を行っていた液晶パネルでも、世界のテレビ・スマホ市場が爆発的に拡大するなかで、韓国・台湾・中国の企業が新規参入し、大量生産体制を構築して先発を追い抜きました。
技術の標準化・設備化が進む
製品の構造や製造装置が標準化してくると、後発企業は「装置メーカーからまとめて技術を購入・導入」できるようになります。これにより、先発者が何年もかけて育ててきた技術を一気に追いつくことが可能になります。
- 例:液晶テレビの部材・装置
- 色を表示するのに必要な素材や、液晶を均一に封止するための装置などが専門メーカーによって生産され、誰でも買えるようになった。
- 先発企業だけが独占していた技術が、いつの間にか「お金を出せば誰でも使える」状態になってしまい、後発者が大量生産へ踏み切りやすくなる。
為替レートや労働コスト
円高や人件費の安い国が台頭すると、先発企業は価格競争が不利になりやすいです。大規模投資を行った後発企業が、低コスト+ある程度の品質 を両立できれば、市場を急速に奪っていきます。
先発者優位を保ち続ける仕組み
一方で、先発者優位が保たれ続ける製品・分野には、以下のような特徴が見られます。
- 製品の擦り合わせが複雑で、モジュール化しにくい
- 自動車のように、部品点数が多く、それらを合わせるための設計や開発に長い年月がかかり、さらに安全要件や環境規制などが絡む。
- 簡単には標準化できないので、後発企業が参入してもすぐに真似できない。
- 技術革新がずっと続く(イノベーションのロングテール)
- ハイブリッドエンジン、水素エンジン、電装化、安全技術、環境技術など、次から次へと新しい改良要素が出てくる。
- 先発企業が継続的に開発投資をすることで、後発が追いつくころには次の進化が始まっているという「いたちごっこ」状態になる。
- 市場規模が小さくニッチ領域だが高付加価値
- 特殊な部材や精密機器など、国内外で需要は少ないが、大企業が参入しても十分な回収が難しい領域。
- ここで先発企業が先行して技術力を高めていくと、後発企業はあまり旨味がないため無理に攻めてこない。結果として長期的に先発が優位を保ちやすい。
中小企業が得るべき教訓
- 大手企業がやっていない小規模市場に着目
- 「大きい規模=後発が殺到」というリスクがある一方、小規模でも安定しやすい市場を狙えば、後発の大規模投資が起こりにくい。
- イノベーションへのこだわり
- 大手ほどの研究開発費をかけられなくても、顧客との擦り合わせ や カスタマイズ の中で新しい技術サービスを生み続ける姿勢が大切。
- 川下企業(完成品を作る企業)との付き合い方
- 自社が納入している相手(川下企業)が4象限でいう「後発優位の領域」に陥っているなら、今後その川下企業は価格競争で苦戦する恐れもあるため、別の有望分野や新興企業への乗り換えを戦略的に検討する場合もある。
市場規模×イノベーション継続時間の「4象限フレームワーク」とは
ここでは 「イノベーション継続時間(縦軸)×市場規模の大小(横軸)」 のフレームワークを深掘りします。これは「どんな製品なら後発優位になりやすいか、あるいは先発優位を維持しやすいか」を簡単に分類できる便利な指標です。
フレームワークの基本構造
- 横軸:市場規模(大・小)
- 市場規模が大きければリターンも大きいが、後発参入も多くなる傾向。
- 市場規模が小さいとニッチになりやすいが、後発が参入する動機は少なくなり、先発が長く利益を得られる可能性がある。
- 縦軸:イノベーションがどこまで継続するか(長い・短い)
- イノベーションが長いと、すぐにモジュール化や標準化が進まず、先発者が差別化を続けやすい。
- イノベーションが短いと、急速に製品仕様や製造法が固定化してしまい、後発企業が外部の装置や技術を買って一気に追いつく展開になりやすい。
四象限のそれぞれの特徴

第1象限:市場規模が大きい × イノベーション継続が長い
- 例:自動車
- グローバル市場がとても大きいが、技術開発(ハイブリッド、電動化、自動運転など)が長く継続している。
- 後発企業が急に参入しても追いつくのは容易ではなく、先発大手が優位を保ちやすい。
- ただし、中長期的には後発企業も大規模投資を行ってくる可能性があるので、先発としては絶えず新技術を生み出し続ける必要がある。
第2象限:市場規模が小さい × イノベーション継続が長い
- 例:特殊部材・精密機器など
- 市場は小さいが、常に改良の余地があり、モジュール化しにくい技術なら、後発企業が参入しても大きなリターンを得にくい。
- したがって先発が長期的に優位を保ちやすく、ニッチでも安定的に利益を出せる領域。
- 中小企業が「オンリーワン戦略」を志向する場合、狙いやすい象限といえる。
第3象限:市場規模が小さい × イノベーション継続が短い
- ニッチ市場だけど、技術がある程度固定化してしまう領域
- 細かい部品や一部の中間材などで、技術的には大きな進歩は見込めないけれど、市場自体も小さいので後発はあまりやってこない。
- すでにその分野で先行している会社がニッチトップとして長く商売を続けやすい。
- この場合、派手な技術革新はないが、地道に品質管理や信頼を高めることで差別化が可能。
第4象限:市場規模が大きい × イノベーション継続が短い
- 例:液晶テレビ、DRAM
- 大型投資で製造ラインを作れば、大量生産により大きなリターンが見込める。
- しかし革新的改良が少なく、構造がモジュール化しやすいので、後発企業が「設備と資金」を投下すれば一気に追いつける。
- 日本企業が最初は優位だったが、韓国や台湾の企業が後から大工場を建てて大量生産し、世界シェアを奪っていったケースがこれにあたる。
中小企業がフレームワークを使うメリット
- 自社が狙おうとしている製品の“行く末”を把握しやすい
- もし「第4象限」に該当しそうなら、後発企業に負けないための施策(海外進出、共同開発、もっと尖った差別化など)を早めに検討する必要がある。
- 「第2象限」ならニッチ領域で独自技術を極める方向を選択できる。
- 川下企業(納入先)の盛衰を見極められる
- たとえば、自動車のように第1象限で先発優位が続くなら、今後も投資が活発な大手を相手に取引を深める。
- 一方で、第4象限に該当する製品(例:液晶)をメインとしている先発企業は今後苦戦するかもしれないので、別の将来性ある川下企業の開拓を検討するなど、戦略的判断を行える。
中小企業が製造業のポジショニング戦略を実践する際のポイント
最後に、中小企業が実際にこのフレームワークを使って戦略を立てるときのステップや注意点を整理します。新しく事業を起こすスタートアップ企業にも通じる内容です。
ステップ1:狙う製品(サービス)の「市場規模」を見極める
- 短期的・長期的な需要予測
- 「現時点ではニッチだけど、将来急拡大する可能性があるのか? あるいはずっと小規模なのか?」をある程度想定する。
- 公的な調査機関や業界レポートなどで市場動向を把握し、過去数年の推移だけでなく技術動向や社会トレンド(SDGs、脱炭素など)を加味して判断する。
- 大きすぎる市場は後発企業が攻めやすい
- 将来巨大な市場になりそうだとしたら、後から大資本を投下する海外企業が現れるかもしれない。
- 自社に革新的な技術を長く積み重ねる体力があるかどうかが勝負の分かれ目。
ステップ2:イノベーション継続期間を考察する
- 技術がすぐに標準化・モジュール化しないか?
- 開発段階で「この技術は真似されにくいか」「擦り合わせが必要で、完成度を高めるのに長期間がかかるか」をチェックする。
- システム全体の視点
- 製品単体だけでなく、関連サービスや使い方、ユーザ体験などを含めて継続的に改良していけるかどうか。
- ソフトウェアやサービスの連動 があるとイノベーションのサイクルが長くなる可能性があり、先発優位を保ちやすい。
ステップ3:4象限にマッピングし、戦略を決める
- 第1象限(大きい市場×イノベ継続長い)
- 大きく成長する可能性があるが、競争も激しい。大手企業との競合は避けられないため、継続的な研究開発体制や差別化策を練る必要がある。
- 第2象限(小さい市場×イノベ継続長い)
- ニッチトップを目指しやすい領域。極端に大きな投資を必要としない場合、身の丈に合った規模で安定した利益を確保しやすい。
- 第3象限(小さい市場×イノベ継続短い)
- 大きなブレイクスルーはないが、そのぶん後発企業の参入意欲も低いので、地道に堅実な商売を続けやすい。ニッチ企業にとっては好都合。
- 第4象限(大きい市場×イノベ継続短い)
- 価格競争や大量投資の勝負になりがち。もしここを狙うなら、最初から海外拠点を構築してコスト対策する、OEM提携を検討するなど、それ相応の戦略が必要。
ステップ4:川下企業との関係性も再チェック
B to B の中小企業の場合、納品先企業(川下)がどの象限にいるかを把握し、「先発が強い市場にいる企業なのか、後発に攻められて苦しむ市場にいる企業なのか」を見極めることが、安定経営のポイントです。必要であれば、新たに将来性のある別の川下企業へシフトすることも戦略の一つです。
まとめと今後の展望
- ポジショニング戦略の意義
- 「ただ何でも作れる」という姿勢ではなく、「この市場であれば自社が長期間優位を保てるだろう」という見極めが重要です。
- 市場規模 と イノベーション継続時間 を掛け合わせたフレームワークにより、「どの領域なら後発の追い上げが激しくないか」あるいは「後発が来るとしてもどう差別化し続けるか」を判断しやすくなります。
- 中小企業・スタートアップへの示唆
- 大企業ほど研究開発や大規模投資の余裕がないぶん、ニッチ市場 に特化したり、長いイノベーションを独自に生み出す 仕掛けを作ったりすることが鍵です。
- もし「大きい市場に参入したい」と考えるなら、ソフトウェア連動 や サービス面での新結合(シュンペーターの言う“新結合”)などを駆使して、後発が簡単には真似できないユニークさを継続的に確立する必要があります。
- B to B 企業の取引先の選択
- 市場として第1象限や第4象限なら、川下企業が世界規模の激戦をくぐり抜けるだけの体力や差別化を持っているかを見極める。
- 第2・第3象限なら、ニッチトップ戦略で長く利益を得られそうか、川下企業の技術ロードマップを確認する。
- 今後の展望
- 世界的な技術トレンドとして、AI、ロボティクス、IoT、カーボンニュートラル関連など、新分野が続々と台頭しています。
- これらの分野は一見すると市場が大きそうですが、実はまだ未知数な部分やニッチなテーマも多く、継続的イノベーションが期待できます。
- まさに本稿で紹介したフレームワークを活用し、自社に合った製造業ポジショニング戦略を検討する余地が十分にあるといえるでしょう。
以上、4つのセクションにわたり「製造業ポジショニング戦略」について解説しました。
- 家電と自動車の対比に見る後発参入のインパクト
- 市場規模とイノベーション継続時間の掛け合わせによる「4象限フレームワーク」
- 中小企業・スタートアップがどこを狙うべきか、どのように差別化をはかるか
- B to B 企業における川下企業(納入先)の見極め
これらを踏まえて、ぜひ自社の立ち位置や今後の事業領域を見直してみてください。大規模投資や先進技術だけが成功要素ではなく、“選ぶ市場” と “イノベーションの継続度合い” 次第で、中小企業が長期にわたって競争力を維持できる可能性は十分にあります。
「競争が厳しい市場だから無理だ」と諦めるのではなく、「どうすれば後発参入されにくい差別化ポイントを作れるか」「あるいはニッチだけれど成長が見込める分野をどのように開拓するか」を考えることが、これからの製造業における生き残り戦略の大きなカギとなるでしょう。