製造業における営業と技術の連携は、受注率や顧客満足度に直結する重要なテーマです。しかし、評価軸や言語、文化の違いから意思疎通が難しく、現場では多くのすれ違いが起きています。本記事では、そんな課題を解消し、両部門の協力体制を強化するための具体策を、実例とともに詳しく解説します。
営業と技術の連携がうまくいかない理由と製造業ならではの課題
製造業において、「営業と技術の連携」は永遠のテーマとも言える課題です。製品が高度化し、顧客の要求も複雑になる一方で、営業と技術がスムーズに情報を共有できないケースが多く見られます。
営業が「顧客は急いでいる」と伝えても、技術は「そんな話は聞いていない」と対応が後手に回る──。こうしたやりとりは、顧客満足度の低下や受注のチャンス損失につながります。
この章では、なぜ営業と技術の連携が難しいのか、特に製造業の業態特性を踏まえて掘り下げていきます。
製造業特有の連携ギャップ
ギャップ① 評価指標の違い
- 営業側のKPI:売上金額、受注件数、商談数
- 技術側のKPI:品質、納期遵守、開発完了件数
営業は「いかに売るか」、技術は「いかに作るか」に軸足を置いており、目線が揃いづらい構造があります。このズレが、「どちらの都合で優先するか」の対立を生みやすくします。
ギャップ② 情報の非対称性
- 営業は「顧客の背景・検討理由・現場の課題」を知っている
- 技術は「仕様上の限界・設計変更のコスト・既存品との互換性」を知っている
ところが、それぞれの情報がうまく共有されず、重要なことが伝わらない。「決裁者が誰か」「導入の期限はいつか」「顧客が本当に求めている機能は何か」など、技術側に伝わっていないことが多々あります。
ギャップ③ コミュニケーション手段と文化の違い
- 営業:「口頭」「感覚」「現場感」
- 技術:「仕様書」「数値」「ロジック」
営業が「だいたいこういうことを言っていました」という言葉に対し、技術は「何のデータもないの?」と疑問を持ちます。言語化の形式やレベルが違うことで、伝言ゲームになりやすく、信頼関係の構築が遅れがちです。
現場で起きる典型的な“すれ違い”パターン
シーン | 営業の発言 | 技術の反応 | 結果 |
---|---|---|---|
商談前 | 「とにかく急ぎらしいです」 | 「何もヒアリングされてない」 | 対応できず失注 |
見積依頼 | 「この機能も追加してほしい」 | 「仕様が固まってないのに無理」 | スケジュール混乱 |
契約直前 | 「あ、あの構成ちょっと違うかも」 | 「もう図面描いてるんですが…」 | 大幅なやり直し発生 |
このようなすれ違いは、信頼の損失・工数のムダ・納期遅延につながります。現場の負担はどんどん積み上がり、「もう営業と一緒にやりたくない」という空気が醸成されてしまうのです。
営業・技術の連携を阻む“構造的な壁”
製造業における営業と技術の役割分担は、ある種の“部門文化”として長年存在してきました。ところが、次のような構造的な要因が分断を固定化してしまっています。
組織構造の縦割り(営業部/開発部で部署が別)
- 指示系統が異なり、案件に対する「自分ごと感」が薄れる
- 「技術支援は頼まれたらやるもの」という受け身意識
情報共有のツールがバラバラ
- 営業はExcel、技術は自社の図面管理システム…など
- 案件の背景や過去の経緯が確認できない
評価制度が連動していない
- 技術がいくら営業支援しても人事評価に反映されない
- 営業が仕様理解しても、その努力が報われない
連携不全は「気持ち」ではなく「構造」で解決する
営業と技術の関係性が悪いのは、個人の性格や社風ではありません。多くの場合、部門間の橋渡しをする「共通の仕組み・ルール・評価」が不足していることが原因です。
承知しました。それでは続けて、【第2章】を展開いたします。
製造業が実践すべき営業・技術の連携強化5つの施策
仕組みで連携を“仕掛ける”時代へ
前章では、営業と技術の間にある根本的なギャップを明らかにしました。本章では、それらを乗り越えるために、製造業が「今日から取り組める」連携強化の施策を5つに絞ってご紹介します。
すべてに共通して言えるのは、「連携は属人的な努力ではなく、仕組みで仕掛けること」。それにより、再現性ある連携が生まれ、チームとしてのパフォーマンスが最大化されます。
施策① プリセールス体制の導入 ─ 技術が“最初から”商談に入る
何をするのか?
商談初期段階から、技術担当者が営業と同席してヒアリング・提案活動に加わる体制を整えることです。BtoB製造業では、製品選定時に技術的な質問が非常に多く、「営業だけでは答えられない」場面が頻発します。
ポイント
- 仕様の可能/不可能を早期に判断できる
- 顧客が重視する機能や条件を、技術目線で正しく認識できる
- 後工程での手戻り(図面修正・構成ミスなど)を防止
成功事例
ある精密機器メーカーでは、商談の初期から技術者がZoomに同席するスタイルを導入。結果として、顧客の「即決率」が従来の2倍に向上しました。
施策② クロスファンクショナルチーム制の導入 ─ 案件ごとの小型プロジェクト化
何をするのか?
営業・技術・品質・製造など、部署をまたいで案件単位の小チームを編成する方法です。チームで1つの案件を持つことで、“誰か1人に偏る”業務体制から脱却できます。
ポイント
- 案件共有がリアルタイムに行える(SlackやNotionなど活用)
- 問題が起きたとき、部署間で「責任のなすりつけ合い」にならない
- 技術からの提案や代替案もチーム内で迅速に判断できる
運用例
- 案件管理を週次で簡易レビュー(30分以内)
- 案件ごとに“リーダー”は営業、技術は“サブマネ”として参加
- 成果は部門横断で共有評価
施策③ 情報引き継ぎシートの標準化 ─ 口頭伝達の限界を超える
何をするのか?
営業から技術への情報共有を“フォーマット化”することです。仕様以外の「顧客の背景」や「業務課題」などの文脈情報も記入対象にします。
具体的な項目例
- 顧客企業名/業界/導入目的
- 問題視している内容とその背景
- 納期や予算感(明示 or 推測)
- 提案した製品や構成案、必要なオプション
- 競合状況と比較ポイント
ツール活用のすすめ
- SFA(Salesforceなど)やCRMで履歴連携
- Googleフォームで簡易的な運用も可(導入初期向け)
施策④ 定期的な連携ミーティング ─ “顔の見える関係”が連携の第一歩
何をするのか?
週1〜月2の頻度で、営業と技術の混在チームによる案件進捗共有会を実施します。資料提出のような堅苦しさは不要。30分程度でよいので、ざっくばらんなレビューの場を設けることが重要です。
実施内容の例
- 今週の新規案件の情報共有
- 現在の課題/仕様上の懸念点
- 技術から「営業にこれを聞いてきてほしい」リスト
- 営業から「お客様がこう言ってた」ナマの声の共有
成功の鍵
- 必ず“技術担当も話す場”を設ける
- 営業ばかりが発言しないようファシリテーションを工夫
施策⑤ 双方の「教育機会」をつくる ─ 共通言語を持つことが最も強い
何をするのか?
営業に技術の基本知識を、技術に営業プロセスの理解を持ってもらうために、部門を越えたミニ研修を定期的に開催します。
内容例
対象 | 研修内容例 |
---|---|
営業向け | 材質・加工・検査・組立の基礎、原価構造の考え方 |
技術向け | BANT条件、商談プロセス、決裁者との会話術 |
メリット
- 難解な用語の“翻訳”が不要になる
- 顧客のニーズを営業と技術で“同じ言葉”で語れるようになる
- 「何が分からないかが分かる」ことで自走力が上がる
仕組みは信頼を生み、信頼は成果を生む
これらの5つの施策は、いずれも一朝一夕で機能するものではありません。しかし、導入することで確実に「共有の密度」と「顧客対応の質」は向上します。
技術は単なる裏方ではなく、営業とともに“ソリューション提案の柱”になる存在です。その土台を支えるのが、部門を越えた連携体制と情報設計です。
連携強化を「定着」させるための運用・制度化のポイント
やりっぱなしにしない“設計と継続性”がカギ
前章でご紹介した施策をどれだけ導入しても、「現場に根づかない」「結局やらなくなった」となってしまっては意味がありません。むしろ、施策の失敗原因は“立ち上げ”よりも“継続運用フェーズ”にあります。
この章では、営業・技術の連携強化を仕組みとして持続可能にするために必要な設計、評価、文化形成の工夫を詳しく解説します。
制度化の第一歩は「誰がやるか」を明確にすること
役割の曖昧さが形骸化の原因に
「営業からの共有よろしく」「技術が参加できるときは来てね」──
こんな言い方では責任が曖昧になり、誰も主体的に動けなくなります。
対策ポイント
- 施策ごとに“責任者”と“実行担当”を明確化
- 案件チームや定例会には“ローテーション制”や“専任者”を設定
- 初期段階では「推進役」をマネージャーが兼務してもOK
評価制度に連携活動を組み込む
なぜ必要なのか?
営業や技術がいくら他部門を支援しても、人事評価に反映されなければモチベーションは継続しません。
技術者からすると「営業支援しても開発じゃないから評価されない」、営業側も「技術と連携しても売上につながらないなら意味がない」となれば、良好な関係は長続きしません。
制度設計のヒント
対象 | 連携活動に対する評価指標(例) |
---|---|
技術 | 営業案件への協力件数、顧客満足度、技術提案数 |
営業 | 技術部門との連携率、顧客ヒアリング内容の正確性 |
- SFAやCRM上で「誰が・どの案件で・どのように連携したか」を記録
- 半期に1度の360度フィードバックで“部門間貢献”を評価
小さく始めて、大きく育てる
最初から全社で制度化しようとしない
「全社で連携強化!」と一気に進めると、制度疲労が起こり、現場の反発を招きやすいのが現実です。
ステップ式の進め方
- 特定の製品ライン or 案件タイプで先行導入
- 成功事例を社内で発信(数値と声で)
- 他部署が「うちでもやりたい」と思うように誘導
- 標準化・展開は“仕組みが見えたあと”に行う
ミニプロジェクトで成果が見えると、トップダウンよりも自発的に広がります。
「見える化」で関係性を強化する
情報共有が属人化していないか?
「この案件、技術が何をやってるのか分からない」
「営業が進めてるみたいだけど、今どこ?」──
こうした声は情報の“非対称性”が生んでいます。
可視化のポイント
- 案件進捗ボード(TrelloやNotion、Backlogなど)を営業・技術で共用
- フェーズ、コメント、リスク項目を常時確認できる状態に
- SlackやTeamsでの専用スレッド運用(例:「#案件-ABC商事」)
状況が“可視化”されることで、部門間の心理的壁が減り、声をかけやすくなります。
“人と人”をつなぐ場を仕掛ける
雑談とフィードバックのバランスが連携の潤滑油
定例ミーティングだけでは、本音や現場の悩みは出てきません。非公式な対話機会こそが、連携の質を変えます。
活性化の工夫
- 月1のランチ交流会(営業&技術メンバーをシャッフル)
- 技術側から「営業を1日同行」する“逆シャドーイング”
- 案件終了時に「ありがとうフィードバック」を双方向で行う
感謝の循環が生まれると、連携は“文化”になります。
制度・評価・文化の3軸で“続く連携”を設計せよ
営業と技術の連携は、導入するだけでなく「どう続けるか」が重要です。そのためには、
- 明確な実行責任と役割分担(制度)
- 部門貢献を見逃さない人事評価(評価)
- 相互理解とリスペクトを育む工夫(文化)
この3つの軸を意識して設計・運用することで、自然と成果を生む連携体制が定着します。
製造業における営業・技術連携の成功事例3選──施策が“成果”に変わった現場から学ぶ
理想論ではなく、現場で実装されているリアルな話を
「うちでは無理かも」と思っていませんか?──
確かに営業と技術の連携強化は一筋縄ではいきません。ですが、現実にそれを乗り越え、仕組みとして“成果”を出している製造業企業が存在します。
この章では、連携施策の実行によって業績改善・顧客満足度向上・社内文化の変化を実現した3社の取り組みをご紹介します。
事例①:プリセールス型で成約率を引き上げた「精密測定機器メーカー」
背景と課題
- 高単価かつ技術的な仕様確認が必須な製品を扱うため、営業のみの商談で意思決定が進まない
- 技術部門は「後工程対応」ばかりで疲弊。営業は「決まらない商談」で空回り
実施した施策
- 商談初期から技術担当がWeb商談に同席(プリセールス体制)
- 「用途別・業界別」による技術担当のローテーション制を導入
- 週1で「案件フィードバック会」を技術・営業合同で実施
成果
- 営業訪問→受注までのリードタイムが従来比 約40%短縮
- 「1回目の提案で合意形成に至る率」が 30%→68%に改善
- 技術側の満足度アンケートでも「営業との関係が良くなった」81%
事例②:案件チーム制で情報分断をなくした「工場設備機器メーカー」
背景と課題
- 案件が属人化し、営業と技術のやりとりが電話/口頭ベースに偏りすぎていた
- 案件が炎上してから技術が巻き込まれる“後追い体質”が常態化
実施した施策
- 案件単位で営業・技術・品質・製造の仮想プロジェクトチームを組成
- 案件情報をNotionで統一管理し、進捗・担当・顧客コメントを即共有
- Slackで案件ごとのスレッドを用意(#案件-ABC設備)→気付きも蓄積
成果
- 顧客対応までの“内部初動時間”が 平均3.5日 → 当日〜1日以内に短縮
- 技術の設計工数が年間ベースで 約22%削減(再設計や修正の減少)
- チーム単位で評価を可視化 → 社内コンテスト化しモチベーション向上
事例③:教育投資で“共通言語”を持った「計測機器メーカー」
背景と課題
- 営業は製品知識が薄く、技術の説明を“翻訳”できない
- 技術は営業プロセスを知らず、優先順位判断や顧客視点が弱い
実施した施策
- 営業向けに「技術基礎講座(月1開催・全6回)」を導入
- 技術向けには「営業同行プログラム」と「顧客ニーズヒアリング研修」を設置
- お互いの仕事に1日密着する「シャドーイング制度」を月2人ずつローテ
成果
- 営業が独自に見積作成・初期構成提案できる割合が 25%→60%に
- 技術が“顧客の本質的課題”を言語化できるケースが増加(顧客満足度UP)
- 社内満足度アンケート「他部門理解が深まった」88%、離職率も改善傾向
成功企業に共通する“5つの実行指針”
成功要因 | 内容 |
---|---|
目的が明確 | 単なる仲良しではなく「成果につながる連携」が明確 |
小さく始めた | 特定の部門・製品・案件でパイロット運用からスタート |
数値で評価 | 技術支援の件数、営業精度、対応時間などを可視化 |
教育を重視 | 共通言語を育てるインプット機会に投資している |
ITで支援 | 情報の共有・蓄積・連携に適したツール環境が整備済み |
連携は「文化」になったとき、最大の競争力になる
本章で紹介した成功企業に共通するのは、営業と技術が“組織”としてひとつの成果を追っているという文化です。
- 技術は「売る人」ではなく「顧客の課題を解く人」
- 営業は「話す人」ではなく「社内と外をつなぐ調整者」
このような価値観を育むには、制度・評価・教育・仕組みの全方位的なデザインが不可欠です。
そして、連携の最終ゴールは「個人が頑張らなくても、自然と助け合える状態」──
それが文化として根づいたとき、製造業の営業組織は、確実に次のステージへ進みます。
まずは“ひとつの案件”から始めよう
いきなり全社改革を目指す必要はありません。
まずはひとつ、営業と技術が一緒に動ける案件を選び、施策を試してみてください。
その案件の“成功体験”が、やがて組織のDNAになっていくはずです。